外科医の3S , 心臓外科は6S?

 今日のブログの内容は、私がかつて県立那覇病院で心臓血管外科を立ち上げて満10年目にあたる平成12年に心臓血管外科部長として創設期を振り返って、沖縄県医師会報へ投稿した文章です。

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       外科医の3S,心臓外科は6S?


 卒業して2年目の研修病院で私の尊敬する先輩が手術中に「知花君,外科医の3Sを知っているか?」と尋ねてきました。「聞いたことはありませんが,ひとつはsafetyのSですか?あと2つは何でしょうね。えーっと,そうだspeedyのSでしょう。もうひとつが思いつきません」。というと「それはsmartのSだよ。今の君が心がけることは1にも2にもsafetyだ。合併症を起こさせない,死なせない,まずこれが1番だ。そして部長や先輩のsmartな手術を見,えらい先生の手術書をみてsmartな手術とはどういう手術か勉強する。そして症例を重ねてsmartな手術をsafetyに行う。Speedyはそれから追求するんだ。えらい先生の手術は時間が短く早く手術を終えるけど,なぜ早く終わるのか考えるんだ。最初はsafetyのためにいろいろな手順がついていただろうけど,症例を積み重ねているうちにこの手順はもう省いても十分自信を持ってこなせると思うと次からはその手順は省くことができる。そうこうしているうちに手術方法も無駄な手順がとれてきてslimでsmartな方法ができあがる。するとspeedyは自然と後からついてくるものなんだ。手術が早いというのは決して手が速く動くということではないんだよ。このことをよく肝に銘じて勉強するように」と教えられました。Safety→smart→speedyこれを常に念頭において手術をしてきました。


 最近心臓外科を実践していて心臓外科にはあと三つSがあるということを思うようになりました。まずsincerityのSで,患者さんには誠実で有れということです。心臓外科の術前のinformed consentを得るための説明の際,私たちは1時間近く時間をかけて説明しています。その患者さん自身に対する2ページに渡る説明文を作成して渡し,まず今までの病状の経過,なぜ内科治療では限界で外科治療が必要なのか,心臓の解剖と生理を説明したあと,心臓カテーテル検査やその他の検査結果を提示しながら説明します。体外循環はどのようなものか,体外循環を稼動させることによってどのような合併症が起こる可能性があるか,それを防ぐためにどのような努力をしているか等merit, demerit全てを説明します。そして本院での手術成績と日本全国では現在どのくらいの成績かも正直に説明しています。最後には「もし,他の施設へ移りたいという希望があれば本院での検査結果は全て提供して,紹介状を添えて持っていってもらいますので申し出てください。もし,私たちにまかせていただけるのなら私たちも全力をつくして手術をさせてもらいます。手術まで数日の余裕がありますからご家族・ご本人皆様で話し合われて結論を出してください。そして,もし承諾されるのでしたらこの手術同意書に判を押してこちらへお渡しください。」と,あくまで決定権は本人と家族へ委ねます。昔は「あなたたちは何も文句は言わずに私の言う通りにまかせなさい。万が一最悪の事態になっても病気が重かったものと納得しなさい。」と言う時代がありました。患者側に選択権は無く,医者の方が絶対的決定権をもっていた時代です。現在,病院は有り余るほどあって病院を選ぶ権利は患者さんにあり医者は選ばれる立場にあるのだということを肝に銘じるべきだと思います。


 次のSはsystemです。心臓外科ほどシステムの充実が叫ばれる科はありません。普通簡単な一般外科手術は,外科医2名,麻酔医1名,手洗い看護婦1名,外回り看護婦1名の計5名いればできます。しかし,心臓外科手術を遂行するためには心臓外科医2名のほかに臨床工学技士とその助手が1~2名,麻酔医が導入時と体外循環離脱時に2名,術中手洗い看護婦が2名,外回り看護婦が1~2名で合計10名前後のスタッフが必要です。それだけでは有りません。術後集中管理できるICUがあり,循環呼吸管理ができる優秀な看護婦が要ります。また言うまでも無く心臓外科へ患者を紹介する循環器内科も充実していなくてはいけません。循環器内科医・心臓外科医・麻酔医・手術室看護婦・臨床工学技士・ICU看護婦,このシステムの中のどれか一つでも欠けると心臓外科は成り立ちません。ですから心臓外科医は口がさけても「私が手術をします」とは言いません。「私たちが手術をします」と言います。県立那覇病院で心臓外科が開設された時,ICUも手術室も心臓外科は初めてなため「私たち自信ありません。」という言葉を幾度となく聞かされました。そのため兵庫県のこども病院と姫路循環器病センターへ看護婦を1ヶ月研修に出して自信をつけさせてスタートしました。皆の努力のかいがあって,今では看護婦にもプロ意識ができてきて「今日の心外術後患者は私が看ます」と頼もしい言葉がすんなりと出てくるようになりました。自分達には無理だと思っていたことを努力と協力によって実現しさらに発展させてゆく,それが取りも直さず患者さんの命を救って行くことになる,これが心臓外科だと思います。


 最後のSはsatisfaction(満足)のSです。患者さんが元気になって満足して退院してゆく,心臓外科医も循環器内科医も麻酔医も手術室・ICUの看護婦も臨床工学技士も患者さんを病気から救ったことに満足するということです。


 この6Sを実践することによって私達自身と病院の信頼を高めることになりひいては質を向上させることになると思います。これからも医療事故の無い安心して受診できる,県民から愛される病院をめざしてさらに努力してゆく所存であります。



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 以上のようなコンセプトで心臓血管外科を実践してゆき、心臓外科手術は全国に引けをとらない成績でした(冠動脈バイパス術の手術死亡率が全国平均3%の時に県立那覇病院は1%でした)。



 私が自信を持って人に自慢でき誇りに思っていることは、外科手術・心臓血管手術のあとに訴えられたことが1度も無かったことです。メッサーザイテ(Messerseite:外科・整形外科・脳外科・心臓血管外科・産婦人科・眼科・耳鼻咽喉科・泌尿器科など、メスを握って患者さんに傷を入れる科)は、多かれ少なかれ・大きけれ小さけれ、一度は訴えられるものです。私が県立病院を辞めて町医者になる時の送別会で院長先生が、『他のメッサーザイテは患者さんやその家族に訴えられたり、クレームをつけられたりしているのに、心臓外科が一度も訴えられなかったのは不思議でなりません。』ということをおっしゃっていました。



その理由を分かっている人は、私自身以外は、おそらく誰もいなかったでしょう。私は、患者さんを赤の他人だとは思っていません。私の診察を受けた時点から、身内と思っているのです。『この子は私の子だ。この人は私の兄弟なんだ。私のおじさん・おばさんなんだ。私のおじいさん・おばあさんなんだ。』と・・・。そう思えば、たとえ夜中の2時だろうが3時だろうが、起こされても苦にはなりません。泊まり込みで術後管理を徹夜でしても苦にはなりません。みんな『イチャリバ、チョーデー(出会えば、兄弟同然だ)』なのです。自分の失敗は包み隠さず、正直に話し、話した上でその回復に全力を尽くす、それが一番大切なのです。たとえば、母親が自分の息子である医者に夫(つまり手術をしてくれた医師の父)の手術をしてもらい、『こんな難しい状況になっていて、僕の力量では100%満足のゆく治療ができなかった。でも、全力を尽くして、回復するようにがんばります。』と言われ、何日も泊まり込みで治療してもらうも、甲斐なく亡くなられた時、患者さんの妻である母が息子であるこの医師に『おまえの未熟さのために父さんは死んでしまったじゃないか。お前を訴えてやる!』というでしょうか?『何日も泊まり込みで一生懸命お前に治療してもらったんだ。きっと、父さんも満足して逝ってくれたと思うよ。ありがとう。』と感謝されるものです。そこまでの信頼関係を赤の他人である患者さんとその家族と結ぶことが大切なのです。



『イチャリバ、チョーデー』・・・こんな素晴らしい言葉がわが故郷 沖縄 にはあるのです。この心を若い医師、医師の卵たちには持って欲しいと思っています。



※私が医師をめざしてがんばった理由は、『国際グラフ』に掲載されています。
 ( www.kokusaigraph.com/new/201011/088.pdf )



今日はちょっとシリアスな話になってしまいました。次は楽しい話をアップしますね。







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